« 2005年12月 | トップページ | 2006年2月 »

青春18切符の北陸、飛騨の旅の最終章

20060131
 大阪から北陸本線を乗り継いで富山へ。富山から高山本線を乗り継ぎ、車窓に流れる雪景色を眺めながら、のんびり普通列車冬の旅を続けてきたが、いよいよ2日目の一日も終わりに近づいた午後6時過ぎ。家路を急ぐ通勤通学客で混雑する岐阜駅ホームに立ち、米原行きの列車を待つ。

 満席の状態で岐阜駅に到着した米原行き新快速の扉の片隅に陣取る。東海道線は大都市を結ぶ通勤通学客で大混雑。大垣まで立ちっぱなしが続き、雪深き関が原の山越えを今までの気動車とは違い、電車はスピードダウンすることなく難なくクリア。

 前日の朝に通過した広い構内の米原駅に定刻に到着。最終ランナーとなる新快速網干行きに乗り換え、旅の終着駅大阪を目指す。猛スピードで近江路を疾走する新快速列車に揺られ、うつらうつら夢の中。目が覚めると、列車は大阪の前駅、新大阪に到着直前だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

飛騨から美濃へ

20060130
 富山から高山本線をのんびりカタンコトン… 

 普通列車に揺られながら高山を出た4両編成の気動車は、飛騨川の流れに沿いながらブルブルブルとエンジン音を響かせ、下り坂ではカタンコトンと軽快なリズムを繰り返す。日本最古の石が発見された場所としても知られている飛水峡の渓谷美を眺めつつ、列車は飛騨から美濃へと入ってきた。いよいよ終点も近い。

 高山本線の旅もそろそろ終盤。高山駅から乗った普通列車は、およそ2時間30分かけて美濃太田駅のホームに到着。

 既に薄暗くなった駅のホームは、乗り継ぎ列車を待つ乗客でにわかに賑やかになる。寒さに身を縮めながら列車を待っていると、たすき掛けでホームに立ち、釜飯を売る姿が目に留まった。懐かしい駅弁売りだ。今ではほとんど見ることがない駅弁売りは、ここ美濃太田駅にはまだ健在なのだ。駅構内売店での駅弁販売はよく目にするが、ホームで売り歩く姿は今では珍しい光景となった。駅の風景としてこれからも頑張って続けてほしいものである。

 高山本線の最終ランナーは、岐阜行きの4両編成の気動車。美濃太田駅を出た列車は、今までとは違い、駅に着くたびに乗り降りの乗客が増え、仕事終わりの通勤客を乗せ、高架駅の岐阜駅ホームに滑り込んだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

雪の飛騨を走り抜ける普通列車

20060129
 高山を出た普通列車美濃太田行きは、雪深い飛騨の山間部を曲がりくねりながら軽快な足取りで走り続ける。空は晴天、青空が続き、青と白のコントラストがきれいだ。しばらく車窓に流れる雪景色に見惚れ、普通列車の静かな時間を過ごす。

 車なら運転で景色をじっくり見る余裕がないが、列車なら気にせずぼーっと景色を見ていられるのでたまには列車の旅もいいものだ。とくに、普通列車は地元の生活列車。特急列車のように観光客ばかり乗車していないので、車内は方言が飛び交い、停車する各駅の表情もじっくり観察でき、見ていて飽きない。時間はかかるが、それだけいろんなことを発見する機会があちこちに転がっている。

 昼下がりの普通列車の揺れが眠気を誘う。暖かい静かな車内で、車窓に流れる雪景色を眺める。とても贅沢な時間の過ごし方だと思いませんか?

| | コメント (2) | トラックバック (0)

高山駅での一場面

20060128
 飛騨牛朴葉味噌で腹ごしらえをし、高山駅へと向かう。いよいよ青春18切符、北陸飛騨の旅も終盤。駅の待合室は、観光客でいっぱい。外国人観光客の姿も見られ、待合室の席は満席で、立って待っている人もいて活気付いている。

 僕が乗るのは、14時48分発の美濃太田行き普通列車。待合室の片隅に立って改札が始まるのを待つ。普通列車の前に特急「ひだ」が先発するのだが、アナウンスが流れたのは、先に普通列車の改札が始まるという案内。ザックを背負い、改札へ向かうが、誰ひとり待合室の席から動こうとしない。改札を抜けてホームへと入っていったのは数人のみ。どうやら待合室のほとんどが特急「ひだ」の乗客のようだ。

 ホームの地下通路を歩き、普通列車が出発する対面のホームに向かうと、既に4両編成の気動車がエンジンを唸らせ出発を待っていた。最後尾の扉から中へ入ると、車内はガラガラ。窓際の席に腰掛け、出発までの間、対面のホームの様子を見て過ごす。

 やがて特急列車の改札が始まり、どっと大きなカバンや土産袋を手にした観光客が歩きにくそうに、自分の乗車する乗車位置を探しているのか、ホームを右往左往している。待ち列ができ、人の動きが止まった頃、飛騨古川方面から3両の特急列車が到着。また、逆の岐阜方面からも回送車がホームに入ってきて、ゆっくり、ゆっくりと2編成が連結。高山駅で増結して、9両編成となった特急列車は、多くの観光客を乗せて名古屋へと走り出した。

その間、普通列車の停車するこちらのホームは、ほとんど動きがなく静かなゆっくりとした時間が流れているのに対し、対面のホームは、特急列車に乗車する人の流れが激しく、手際よく増結作業をして慌しく出発していく。静と動の非常に対照的な場面であった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

飛騨高山といえば朴葉味噌!

20060127
 高山の町を歩き、ちょっと一息。飛騨高山の昼食は、もちろん朴葉味噌。

 朴葉味噌を食べようと店を探していると、見つけたのが「萬代角店」。ここ「萬代角店」は、高山の老舗料亭「萬代」の味がリーズナブルに楽しめる姉妹店。

 店の前のメニューによると、“ほうば味噌定食”は1,470円。これならとてもリーズナブル。迷わず暖簾をくぐり、店内へ。店内は、テーブル席、座敷席があり、入口近くのテーブル席に腰掛ける。すぐさま、“ほうば味噌定食”を注文すると、「お肉はいりませんか?」と店員。
「え?」
「お肉はついていません。“ほうば味噌定食”は野菜と味噌だけです。飛騨牛をつけるならこちらです。」とメニューを指す先には、“飛騨牛ほうば味噌定食”2,310円とある。
「う~ん」ちょっと考えてしまうが、ここまで来たのだから飛騨牛ほうば味噌にする。
“飛騨牛ほうば味噌定食”2,310円は、妥当な値段かもしれないが、1,470円安い!と思っていたのでちょっと高く感じてしまう。(自分の勘違いなので仕方ないが…)

 炭火にあぶられた朴葉に味噌と真っ赤な飛騨牛が席に。焼きあがるまでじっと我慢。ぐつぐつといい出したら味噌と野菜、飛騨牛を掻き混ぜ、肉の色が変わった頃に火を離し、いただきます。

 焼いた味噌と飛騨牛を絡めてアツアツで最高!飛騨に来たらやはりこれを食べないと。大満足の“飛騨牛ほうば味噌定食”でした。

『萬代角店』
岐阜県高山市花川町50番地
電話:0577-33-5166

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高山の古い町並みで見つけた老舗の和菓子店

20060126
 高山の町の中心、商人町として発達した古い町並は、国選定重要伝統的建造物郡保存地区に指定されている。出格子が連なり、造り酒屋には看板ともいわれる杉の葉を玉にした「酒ばやし」が下がり、老舗の暖簾が軒をつらねている。

20060126-2
 閉まっている店が多いが、観光客がちらほら雪景色の古い町並みを楽しんでいる。僕も観光客に混じりながらゆっくりと歩いて、町並みを見学したのだが、そこで一際大きく目に留まったのが、“とらや”の文字。「とらや饅頭」の看板からしてどうやら有名な和菓子の店のようで、ガラス戸をそーっと覗き込むと、店内にはたくさんの人が品定めをしている。店構えからして歴史を感じさせる。どんな和菓子なのか気になり、店内が空いたのを見計らってガラス戸に手をかけた。

20060126-3
 とらや饅頭は、天保元年(1830年)の創業以来、変わらぬ製法で手作りされる和菓子の老舗。店内のショーケースに栗、そば、よもぎ、紫蘇など饅頭が並んでおり、お土産として大人気のようである。せっかくだから、ひとつ日持ちしそうな“栗よせ”羊羹をお土産に買って帰ろう。

「御菓子司とらや老舗」
岐阜県高山市上二之町75
電話0577-32-0050

| | コメント (0) | トラックバック (0)

雪景色の高山の街で団子を頬張る!

 雪深き高山駅に降り立つ。

 飛騨高山は僕の好きな街のひとつで、何度となく訪れているが、冬、訪れるのは今回がはじめてである。見慣れた駅前広場に立ち、次の列車までの約4時間の過ごし方を考える。バスで奥飛騨温泉郷平湯温泉まで行ってもよなと思い、駅横のバスターミナルまで行くが、よく考えたら平湯温泉は9月に訪れたばかりだし、せっかくの雪景色の高山をゆっくり歩いて楽しもうと思い、留まることにした。

 お天気も味方して、青空が広がり、太陽の光が雪に反射して町全体が輝いて見える。まずは、朝市で知られる高山陣屋跡へと雪道の歩道を注意しながら歩く。平日のお昼前。観光客も少なく、ひっそりと静かな高山の街並みに雪景色がとても似合う。

20060125
 目指す高山陣屋跡は、天領(幕府直轄地)の役所跡で江戸時代の郡代・代官所を保存・復元している。現存しているのは全国でここだけだそうで、今では陣屋前広場で開催される朝市が有名。高山の朝市は、ここ、陣屋前広場と街を横切る宮川沿いの二か所にある。江戸時代から、米市、花市などの市として発達し、明治の中頃から、農家の奥さんたちによって野菜が並べられる市となり、今では新鮮な野菜や果物、花など四季折々の楽しみがある朝市として観光客にも人気である。

20060125-2
 陣屋前広場はすっぽりと雪に覆い尽くされ、一面真っ白。時より観光客が2~3人訪れるだけでひっそりと静まり返っている。そこで、道路に面した広場の片隅に“陣屋だんご店”の暖簾のかかったみたらしだんごの屋台を発見。駅からここまでの道中、閉まっている店が多い中、この“陣屋だんご店”は営業している。

 そーっと屋台を覗き込むと、店番のおばちゃんが顔を出してきた。留守かなと思い込んで覗き込んだだけにドキッと一瞬驚いた。即座に冷静さを装い「1本ください」と、串刺しのみたらしだんごを手に取り、頬張る。みたらし団子特有の甘いタレはついておらず、適度に焦げが入た団子はあっさりしていて美味しい。ちょっと物足りない気もしたが、一本平らげて昼食前の空腹を少し長持ちさせた。

“陣屋だんご店”
みたらしだんご 一本70円

| | コメント (0) | トラックバック (0)

窓の外に広がる雪景色を眺めて

20060124
 カタンコトン…、カタンコトン…

 飛騨古川駅を出た2両編成の気動車は、時よりエンジン音を響かせながら軽快なリズムで次の目的地、高山を目指す。窓の外は真っ白な雪景色が延々と続く…。

 北陸本線富山駅を早朝に発ち、飛騨古川で途中下車し、岐阜に至る冬の高山本線各駅停車の旅の車内での一コマ。

20060124-2
 2両目の最後尾の座席から通路に顔を出して先頭車両を覗き込むと、列車の先頭車両まで見渡せ、ほとんど貸し切り状態。

 静かな車内でリズミカルなレールの音を聞いていると、次第に、瞼が閉じてくる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

飛騨古川の街並み

 富山から南下し岐阜県に至る冬の高山本線各駅停車の旅。途中、台風の影響で不通になっている猪谷駅から角川駅までの区間を列車代行バスに乗り換え、不通区間をクリア。きっと沿線で一番の豪雪地帯であろう。雪に閉ざされた山間部をまるで雪の壁をすり抜けるようにバスは走り、角川駅に到着。

 すぐさま列車に乗り換えて、次の目的地、飛騨古川を目指す。目指す飛騨古川は、現在は飛騨市となっている。駅名にもあるように町名は古川町であったが、平成16年2月1日に隣接する河合村、宮川村、神岡町の2町2村が合併し、飛騨市が誕生した。最近は市町村の合併が激しく、新市町名を覚えるのにひと苦労である。

20060123-2
 高山と同様、江戸時代に天領となった飛騨古川。白壁の土蔵や古い酒屋の残る城下町で、一度訪れてみたいと思っていた町だ。まずは、駅前から町の中心を流れる瀬戸川周辺を目指す。夏には、鯉が泳ぐ瀬戸川だが、今は雪に埋もれている。これまた雪に埋まった立て看板。なになに?鯉は3月末まで越冬のため池に引越し中だとか。平日のお昼前。観光客も少なく、雪景色に出格子の商家や白壁土蔵の造り酒屋が並ぶ町並みは情緒たっぷり。どこか懐かしい雰囲気で落ち着いたたたずまいを見せ、心が和む。

2006012320060123-3

 町の中心部の古い町並みをぐるっとひとまわり。ちょっと一息、立ち止まると目の前に幹の太い一本の木が高くそびえ立っている。葉を落とし、真っ白な枝を広げた立派な木が青空に映えていた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

列車代行バスに乗車!

20060122
 富山を出た2両編成の小さい気動車は、軽快に富山平野を南下し、雪深い県境の猪谷駅に到着。猪谷駅は、JR西日本からJR東海へと会社が変わる山間の分岐駅。この先も列車の旅が続く…、と言いたいところだが、実は、猪谷駅から4つ目の角川駅までの27.5kmの区間は、2004年10月の台風23号の影響により現在不通となっている。全面復旧は平成19年秋ごろとなる見込みで、この区間は列車代行バスが運行されている。

 猪谷駅の駅前から列車に接続している代行バスに乗り換える。猪谷駅は一面厚い雪に覆い尽くされ、ホーム先の角川方面は除雪されず、レールが雪に埋もれた状態でさながら終着駅の様子。駅前に立つと、木造駅舎には雪が降り積もり、屋根には太いツララが何本も垂れている。夜は相当冷え込むんだろうなぁ。

 列車から代行バスに乗り継いだのは、僕と背広を着た会社員風の男性のふたり。列車到着10分後、代行バスは角川駅を目指してゆっくりと猪谷駅をあとにした。

 富山から岐阜県美濃太田まで、高山本線に併走して国道41号線が走っているため、代行バスは国道41号線を走るものとばかり思っていたのだが、すぐに41号線から脇道の山間道へと入っていく。地図で調べてみると、高山本線の猪谷駅から角川駅までの間は、国道41号線を離れて、360号線が併走してるのだ。三桁国道である360号線は、当然のことながら41号線より、道幅が狭く交通量も少ない。通常でも狭い道路が、除雪されているものの雪のためかなり狭くなっており、代行バス1台通るのもやっとの箇所がところどころある。生活路線でもある鉄道の代行バスは、途中、杉原駅、打保駅、坂上駅と不通になっている駅に立ち寄り、お年寄りを乗せては降ろし、角川駅を目指す。

20060122-2
 バスの運転手は、お年寄りの乗降客に「お待たせしました」「ありがとうね」と丁寧に挨拶し、足の不自由なお年寄りが乗ってくると、座席に座るまで止まっており、座ったことを確認してゆっくりと走り出す。そんなちょっとした心遣いであるが、見ていてホッとする場面に出合い、心温まる思いで奥飛騨の代行バスに揺られる。

  代行バスは、途中雪ですっぽり埋まった不通区間の路盤や鉄橋を車窓に眺めながら、バスの窓まで迫る豪雪の山間部をゆっくりと走り抜け、定刻に角川駅に到着した。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高山本線を軽快に走る!

20060121
 朝の富山駅。通勤通学のラッシュ時間。列車が到着すると多くの乗客が降りてきて、改札口はにわかに慌しくなる。ホームから折りてくる乗客の波が一段落したところで、「青春18切符」に本日の日付を入れてもらい、目指す列車の出発ホームへと向かう。富山から乗車するのは、高山本線猪谷行き普通列車。高山本線普通列車の出発ホームは、こ線橋を渡ってホーム片隅にまるで申し訳なさそうに間借りしているかのような切れ込みとなった3番線。

 昨日、大阪から普通列車を乗り継いで富山までやってきたが、利用した北陸本線は、複線電化で特急が頻繁に運行しているという点で、大阪や名古屋と北陸3県を結ぶ大動脈、重要路線である。一方、同じ本線でも、高山本線は単線非電化で、名古屋圏と観光地、飛騨を結ぶ路線ではあるが、美濃や飛騨の山に囲まれた山岳路線で、利用客も少ない。普通列車とはいえ、ホームの片隅から出発するという状況を見ると、高山本線の位置付けがどの程度かおのずとわかる。

 これから高山本線を利用し、沿線の飛騨古川、高山で途中下車して、時間が許す限り街巡りをしようと思う。そのために、朝早く駅前のホテルを出て、7時35分の列車で富山を発つことにした。ホーム片隅の3番線に向かうと、既に2両編成の短い気動車がエンジンを唸らせ、出発の時間を待っていた。閉じた扉を手で空け、車内に入ると、通学の学生ですでに満席。乗客のほとんどが高校生。学校が休みの休日は、きっと空席が目立つ状態で出発するのだろう。

 満員の学生を乗せて、2両編成の小さい気動車は、定刻に富山駅を出発。停車する各駅から学生が乗り込み、車内はさらに満員状態。扉にもたれ掛け、曇った窓ガラスを拭いて外の雪景色を眺めながら時間を過ごす。

20060121-2
 途中の越中八尾あたりで高校生がほとんど降りてしまい、今までの賑やかさは嘘のような静かな車内へと様変わり。カタンカタンと軽快なレールの音を聞きながら列車の最後尾に立ち、平野部から山間部へと変化して行く雪景色をゆっくり眺めた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

富山のご馳走、越中うまいもの膳

20060120
 大阪を出ておよそ7時間。青春18切符で普通列車を乗り継いで富山に到着したのは、日も暮れた17時38分。

 改札を抜け、この日の行動を切り上げる。駅近くで食事をとろうと周囲をキョロキョロ。既に帰宅ラッシュが始まっており、駅のコンコースは家路を急ぐ会社員や学生で混雑している。駅前に立ち止まってしばらく人を観察していると、四方八方から急ぎ足で駅構内へと入っていく人の流れが、まるで水の流れのように駅構内への入口に吸い込まれていくように見える。

 人の観察もそこそこに、駅前のショッピングビルのレストラン街で食事とする。せっかく富山まで来たのだから、その地の名物を食すのが旅の楽しみのひとつ。ある店に陳列された“越中うまいもの膳”が目に留まり、吸い込まれるように店内へ。

 迷わず、富山の美味しさが一度に味わえるという“越中うまいもの膳”を注文。
内容はこちら↓

○白えびのかき揚げ天ぷら
○ホタルイカのたまり漬け
○さすの昆布〆刺身
○甘エビの刺身
○バイ貝の煮付け
○産直野菜の煮物

 地元の食材に舌鼓を打ち、満足、満足。

 満腹の後は、駅前の宿の大浴場で一日の疲れを癒そうと、宿へ急ぐ。ここで滑らないように凍りついた歩道に注意しながら。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

北陸本線の旅は続くよ

20060119
 列車の待ち時間の間、福井城まで往復して過ごした福井を後に、金沢行きの普通列車に乗り込む。

 ボックス席に一人ないし二人座るくらいの乗客を乗せ、再び一面真っ白な世界へと出発!静かで暖かな車内の空気が眠気を誘う。普通列車の金沢行きは、ひとつひとつ律儀に駅に停車し、数人の乗客が入れ替わる。そんなことを繰り返しながら、車内ではゆっくりとした時間が流れる。これが普通列車の旅のよいところ。急がず、ゆっくりとした旅ができるのは青春18切符の旅の醍醐味である。

 まったりとした車内の雰囲気の中、列車が金沢市郊外に差し掛かった頃、下校の高校生がどっと乗り込んできて、たちまち通路まで満員状態。今までの車内の静けさが嘘のように一気に賑やかになる。そんな状態もつかの間、列車は金沢駅に到着。どっと、高校生にまぎれながら、列車から押し出されるようにホームに出て金沢の地を踏む。

 ブルブル。おー寒む。さすが古都金沢の玄関口、金沢駅は新幹線の駅を思い起こさせるような高架の立派な駅で、改札を出るとみやげ物店やショッピング店が駅構内にあり、多くの人たちが行き交っている。ザックをおろし、ちょっと荷物の整理をしようと中身を取り出すと、ない!手袋が見当たらない!どこかで落としてしまったのか?記憶をたどり、よく考えてみると、確か福井で福井城まで歩いたときは手袋をはめていた。途中で雨が降り出し、全身ビジョビジョになって手袋も濡れてしまったので、列車の車内で座席の上に出して干していた。そのときだ!しまった!さっき金沢駅で高校生に気を取られ車内に忘れてきてしまったようだ。もう列車は折り返して行ってしまったし、諦めるしかない。結構、気に入っていた手袋だけに残念。これから先、雪の中、手袋なしで旅を続けなければならないのも辛いなぁ。

 金沢駅を出た列車は、変わらぬ雪景色の中、北陸路をひた走る。倶利伽羅峠を越え、富山県に入るといよいよあたりも暗くなり始めた。車窓から見る田畑の雪原が青く映り、どこか幻想的な景色にしばらく見とれる。

 大阪を出ておよそ7時間。特急列車なら半分の3時間半で来られるところ、普通列車を乗り継いで富山に到着したのは既に日も暮れた17時38分。寒々とした富山駅ホームに降り立つ。時間はかかったが、ゆっくりとした普通列車の旅を楽しめた上、運賃も通常なら5,460円のところ2,300円で来られた訳だ。なんだか得した気分で富山駅の改札を出る。

 今日はここで青春18切符冬の旅を切り上げよう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

凍てつく福井城のお堀

20060118
 早朝の列車に乗り込み、普通列車を乗り継いで、福井までやって来た青春18切符冬の旅。

 次の列車までおよそ1時間の待ち時間があるので、曇天の駅前に立ち、福井での1時間の過ごし方を思案する。雪かきされて背丈ほどの雪山があちこちに見られる駅前で立てかけられた案内地図を見ると、福井城まですぐ近くであることがわかり、この距離なら行って帰ってくるまで1時間もかからないだろうと判断した。

 ということで、勇んで福井城へ向かった。ところが、歩道は雪が降り積もり、凍りついている箇所もあり、注意深く歩かないと滑ってしまう。慎重に、足元を見ながら歩いていると、今度は空から冷たい雨が降ってきた。雪は降っても雨は降らないだろうと思い傘を持ってこなかったので、アウターのフードを被って雨をしのぐ。

 雨はやがて本降り状態。福井城まですぐそば、石垣が遠くに見えるあたりまで歩いてきたので、今更引き返すわけは行かず、全身ビジョビジョになりながら福井城の堀に到着。福井城址は、福井県庁となっており、堀にかかる橋は車が通れる立派な舗装道路になっている。橋の真ん中あたりから遠くを眺めると、堀の水が凍って薄っすら雪が積もっている。おーさぶ。

 防水防風性を兼ね備えたゴアテックスのアウターを着ていたため、雨をはじき中の衣服まで濡れることはなかったが、福井駅に戻った頃には背負っていたザックがビショビショになり、ザックの中まで濡れて、時刻表がグジョグジョになってしまっていた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

北陸豪雪の山越え

20060117
 青春18切符で北陸、飛騨に旅立った僕は、次第に冬景色に映り変わる近江から若狭の敦賀に着いた。

 豪雪の峠では吹雪に見舞われていた空が、敦賀の駅前に立つと晴れ間がのぞく青空。雪が解けてグジョグジョになった足元に注意しながら、駅前のアーケードを少し歩く。平日の昼間、店は開いているのだが人気が少なくひっそりとしている。駅前をぐるっとひと回りして、次の列車までの間、駅構内の立ち食いうどん屋でタクシーの運ちゃんやおばちゃんに混じって昼ごはんとする。晴れているが街をひと回りして体が冷え切っており、熱いうどんをすするとジーンと体が温まってくる。

 体を温めた後、列車の改札が始まったので、地下道の連絡通路を歩いてホームに駆け上がって、12時46分発の福井行き普通列車の到着を待つ。ホームには、長浜駅で同じ列車に乗り込み、敦賀駅で降りた見覚えのあるザックを背負った旅人や旅行かばんを持った夫婦がいた。同じ列車で金沢方面に行くのだろうか。地方路線になると列車の本数が少ないため、乗り継ぎで同じ列車になることが多く、お互いひとり旅だと旅の友となることもある。

 先発の特急列車の遅れから、約8分遅れで敦賀を発った福井行き普通列車は、すぐに全長13,870mもの北陸トンネルに吸い込まれるように暗闇の世界へ突入する。トンネル内に響き渡る轟音が、車内の僕の耳につきまとい、天井の蛍光灯がぼんやりと車内を照らす。暗闇の中、窓に映る車内の様子を眺めながら、どれくらいたっただろう?トンネルを出ると一変して真っ白な吹雪の雪国に様変わり。

 敦賀駅を出ておよそ12分。そのほとんどが北陸トンネル内を走り、16.6km離れた隣駅は、ホームの待合室に雪がしんしんと降り積もる山間の無人駅の南今庄駅。静かな無人駅にやがて、猛スピードで特急列車が雪煙を残して駈けていく。

 福井まで約1時間。豪雪の山越えを終え、3両編成の普通列車は、高架でシェルターのような屋根に覆われた福井駅ホームに滑り込む。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

青春18切符で旅立ち!

20060116
 新年1月、まだ正月気分が覚めやらぬ平日。ふと雪景色の列車の旅をしたいなと思い立ち、ディスカウントチケット屋で買った「青春18切符」2日分を握り締め、翌朝、8時30分過ぎ、通勤ラッシュで混雑する大阪駅ホームに立つ。

 行き先は、北陸、飛騨方面。北陸本線を乗り継ぎ、富山から高山本線で飛騨の山中を分け入り、冬の高山の街を散策する即席プランを前日の晩に立てた。だいたい乗車する列車は計画したが、特にこの列車と特定しているわけではない。気になった駅で途中下車するもよいだろう。今年は、例年にない豪雪で、少なからず、雪の影響はあるだろうと覚悟しながら、まずは長浜行きの列車に乗り込んだ。

 大阪を発つ頃は、立ち客もいたほど混雑していた車内だが、京都を出たあたりから列車が駅に到着するごとに乗客が降りていき、空席が目立つようになった。さらに、外の景色も田畑に白いものが見え始め、車中も心なしか寒く、足元に冷えを感じるようになってきた。大阪からおよそ1時間半で長浜に到着。湖北の長浜は既に真っ白。大阪から1時間半、列車に乗っていただけなのに、もうずいぶん遠くまで来たように思う。

 長浜駅で次の北陸線敦賀行きまで少し時間があるので、駅前を散策。路肩や歩道には雪が残り、特に歩道は踏み固められツルツル状態。滑らないように駅周辺を少し歩く。

 長浜を出た敦賀行き普通列車は、近江と若狭の国境を山越えする。この先はスキー場も点在する豪雪地帯。次第に雪深くなり、窓ガラスが曇る。寒冷地のため、この路線では駅に到着しても車内保温のため扉は開かない。乗降客は手で扉を開け閉めして乗り降りする。その扉が一瞬開いただけで、暖かい車内に寒風が走り、扉のすぐ近くに座る僕の身が縮まる。曇りガラスを拭い、外を眺めると空は暗く、横殴りの吹雪である。駅のホームはすっぽり雪に埋もれ、駅名表も見えないくらいだ。

 カタンカタンと軽快なレール音を響かせ峠を下り、敦賀駅のホームに到着。山越えのときは吹雪だったにもかかわらず、敦賀の街は晴れ模様。さあ、お昼時だから次の列車に乗車する前にここで腹ごしらえしよう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

新山口から一路大阪へ

20060115
 山口県萩、津和野の旅の締めくくりは、新山口駅から乗車する新幹線のぞみ32号東京行き。

 まるでチューブのような丸い断面の500系のぞみ32号が速いスピードで新山口駅のホームに滑り込む。16両編成の長い車両は、徐々にスピードが落ちていき、指定された5号車の前でゆっくり停車。

20060115-2
 満席に近い車両の中ほどの指定席に座り、ホッと一息。窓に目をやり、映り行く暗闇に伸びる光の帯を眺めながら、楽しかった萩、津和野の旅を回想する。僕としては途中、風邪を引いてしまい、津和野の病院のお世話になるという大変な旅になったが、それはそれで後々まで覚えている印象深い旅となったことだろう。さっきまで騒いでいた声が静かになり、振り返ると疲れ切ったのか、みんな夢の中。それぞれ心に残る山口の旅を胸に、僕らを乗せた500系のぞみは時速300kmで山陽路を疾走していく。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

山口で外郎みーつけた

20060114
 旅の楽しみのひとつでもあるご当地和菓子巡り。西の京ともいわれる山口で見つけた逸品は、御堀堂(みほりどう)の外郎。

 外郎といえば、名古屋の外郎があまりにも有名だが、ここ西の古都、山口にも歴史ある外郎がある。山口外郎の歴史は古く、室町時代、大内文化全盛の頃からともいわれている。そして代々受け継がれ、いまや古都山口の代表名菓として親しまれている。

 そんな外郎を求めて、山口駅近くの御堀堂を訪ねた。御堀堂は、昭和2年の創業。今は店終いした山口外郎の元祖「福田屋」に伝わっていた古来の製法を今に伝える山口外郎の老舗で、すべて手づくりにこだわっている。

 味は、白外郎、黒外郎、抹茶外郎の三種類。厳選したワラビ粉と小豆餡を練り上げ、蒸篭で蒸して作りあげた外郎はほんのり甘く、外郎好きの僕としては、たまらない。1本168円。小さい一口サイズの外郎は1個84円。

 本店は、山口駅から徒歩2分くらいのところにあり、2階には喫茶コーナーもある。熱い緑茶をすすりながら、外郎をチビチビと味わって…。うーん、癖になりそう。そういえば、瑠璃光寺の門前にも御堀堂の店があったっけ。

「御堀堂」の外郎
山口市駅通り1-5-7
電話:083-922-1248

| | コメント (0) | トラックバック (0)

山口の瑠璃光寺五重塔

20060113
 山口県の萩、津和野の旅も終盤を向かえ、いよいよ津和野を離れ、新幹線新山口駅へ発つ時間となった。余裕をもっての出発となったわけだが、その理由は、思わぬ12月の大雪による山口と萩を結ぶ県道、萩往還の峠越えのことがふと頭をよぎったからである。はじめは雪化粧をした山々を眺め、雪景色を楽しんでいたのだが、峠にさしかかるにつれ徐々に降り積もり、やがて真っ白な轍ができた雪道に雪景色を眺める余裕がなくなってしまった。滑らないように慎重に速度を抑え、しっかりハンドルを握っての峠越えを経験したあとのことだから油断は禁物。

 津和野から山口へは、一ケタ国道であることと、向かう先は山陰から山陽なので、雪の心配はないと思うが、念には念を入れてと…。

 津和野から山口までは国道9号線を南下する格好で山陰から山陽へと場面が変わる。心配していた雪の影響も全くなく、田畑の残雪もやがてなくなってしまう。また、厚い雲が空を覆い尽くしていた津和野とは裏腹に、空はいつしかすっかり晴れ渡り、西の空は鮮やかなオレンジ色に染まっている。

 まだ列車の時間まで少し余裕があるので、山口市内の瑠璃光寺に立ち寄った。ここは、五重塔が有名で、数年前、いやもう十数年前になるが、一度、訪れており、記憶に残っている。

 瑠璃光寺の境内に入ると真っ先に目に飛び込んでくるのが五重塔。室町時代、この地を治めた大内氏の繁栄を今に残し、大内文化の最高傑作として国宝に指定されている。静かに佇むその姿はさることながら、池に映し出された姿も神秘的で、見る者の心を癒してくれる。春は桜や梅が咲き誇り、新緑、ツツジ、紅葉、さらには雪の中と四季折々に違った表情を見せてくれる。

 今はひっそりと佇む瑠璃光寺五重塔だが、桜の咲き誇る季節になるときっと華々しい情景を池に映し出してくれることだろう。今度はそんな春の季節に訪れてみたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

太鼓谷稲成神社

20060112
 12月の寒々しい冬空の下、訪れた津和野の街。

 山の中腹に立派な社を構える太鼓谷稲成神社は、日本五大稲荷に数えられ、1773年に津和野藩主7代亀井矩貞(かめいのりさだ)が津和野藩の安穏と平穏無事を願って、京都の伏見稲荷大社を勧請して創建したという。特に、社殿に続く参道に延々と続く鳥居のトンネルは、伏見稲荷大社を彷彿とさせる。

 日本五大稲荷とは?その他の4つの稲荷神社がどこか気になるところだが、稲荷神社には、大別して伏見稲荷(神道系)と豊川稲荷(仏教系)の系統があるそうで、ここ太鼓谷稲成神社は当然のことながら、神道系ということになる。ということで、伏見稲荷大社(京都市)をはじめとした、竹駒神社(宮城県)、笠間稲荷神社(茨城県)、祐徳稲荷神社(佐賀県)そして、太皷谷稲成神社(島根県)で日本五大稲荷を名乗っているそうだ。

 もうひとつ気になるところ、“稲成”と表記する意図は?文字の変換ミスでも何でもなく、太鼓谷稲成神社と“稲荷”を“稲成”と表記するのは全国の稲荷神社の中でも珍しく、「稲が成る」ということで、この太鼓谷稲成神社は大願成就の祈りが込められているそうだ。

 そんなことは後から知ったのだが、参拝時は、鮮やかな朱色の社殿に見とれながら、お供えの“お揚げ”を奉納し、手を合わせて祈願した。

20060112-2
 振り返ると、境内からは、雪化粧の津和野の街を一望することができた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

太鼓谷稲成神社のお供えもの

20060111
 津和野の街を見下ろす山の中腹に社を構える太鼓谷稲成神社。山肌をジグザグに縫う1200本もの朱色の鳥居が続く参道とは反対側に駐車場がある。参道を上らずとも、本殿の傍まで車で上ってこられるのだ。その駐車場から神社へ通じる階段の傍に “お供えお揚げ”と書かれた木箱が目に留まった。

 その木箱の上部、ガラスの蓋を覗き込むと、整然とお揚げが木箱にぎっしり隙間なく並べられている。ひとつ手にとって見ると、とても厚い立派な“お揚げ”に蝋燭とマッチがセットになって150円。

 稲成神社ということで“お揚げ”か。それにしても立派な“お供え”だ。お供えものをひとつ手に持って、朱塗りの本殿へと階段を駆け上る。本殿横に、並べてお供えし、合掌。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

太鼓谷稲成神社の参道に延々と続く朱色の鳥居

20060110
 日本五大稲荷の一つ。津和野の太鼓谷稲成神社に続く朱色の鳥居がトンネルのようにふもとから続く。山肌をジグザクに縫う参道に立ち並ぶ鳥居の数は実に1200本。

 ハアハア。ふもとから上り坂の参道を上りきるといい運動になります。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

お多賀さん名物「糸きり餅」

20060109
 駅前の大鳥居から神社までの参道の両わきにみやげ店などが並ぶ。多くの初詣客で賑わう多賀大社へ続く参道。

 延命長寿・縁結びの神、厄除けの神様として多くの参拝客が訪れる多賀大社の鳥居の前に一際、列をなして賑わっている店がある。その名も延寿堂本舗。お目当ては、お多賀さん名物「糸切餅」。

 米粉を練ったきめ細やかな餅であんを包み、赤青三筋の線をひいた上品なおもち。ひと口で食べるのはもったいない。ふた口で上品に食べましょう。とてもやわらかい上品な餅の食感と程よいこしあんの甘さが口の中に広がります。

 莚寿堂本舗は、屋根に大きく飾られた提灯が目印。

糸切餅元祖 莚寿堂本舗
滋賀県犬上郡多賀町字多賀599
電話 0749-48-0800

| | コメント (0) | トラックバック (0)

手打ちそば「そば吉」

20060108
 2006年正月、初詣客で賑わう滋賀県北部の多賀大社近くに見つけた手打ちそば屋「そば吉」。既にお昼を過ぎた午後3時前にもかかわらず、店内は初詣帰りの参拝客で満席。なんとか一席空いていて、中央のテーブルに座り、注文を待つ。店員は、注文を取ったり、配膳したりと店内を忙しく走り回っている。

 手打ちそばの店なので、メニューを見ると、もりそばをはじめ、二色もり、三色もり、四色もり、とそばメニューがたくさん並んでいる。その中から、二色もり(700円)を注文。二色もりというのは、文字通り単純にそばの色が違うと思っていたのだが、席に運ばれてきてわかった。考えが浅はかであったと。

 確かに二つの盛りがあるが、色は同じ。でも、よく見ると、細い麺と太い麺に分かれている。どうやら、細打ち、太打ちの二種類のそばが楽しめるということで二色もりと名付けられているようである。では、気になるのが、三色もり、四色もりだが、こちらは如何に?これは、異なったそば粉を使った相もりとのこと。

 麺に腰があり、また形が不揃いな点は手打ちならではのこと。ちょっとそばつゆが濃いような気がしたが、最後は蕎麦湯であっさりと喉に流し込み、手打ちそばを完食した。

手打ちそば「そば吉(きち)」
滋賀県犬上郡多賀町多賀1615-1
電話 0749-48-1477

| | コメント (0) | トラックバック (0)

“お多賀さん”の多賀大社を参拝

20060107
 2006年正月、ちょっと足を延ばし、滋賀県の多賀大社まで行ってきた。ここは、“お多賀さん”の名で親しまれ、延命長寿・縁結びの神、厄除けの神として、豊臣秀吉の厚い信仰もあったという、全国的に古くから信仰を集めている歴史ある神社である。

 多くの参拝客で賑わう参道を抜け、門をくぐり玉砂利を敷いた境内の奥に目をやると、よく茂った木立を背に堂々とした風格を持つ本殿が目に飛び込んでくる。曇天の空から今にも雪が降り出しそうで、境内の一角には寒さを忍んで焚き火を囲む参拝客の姿が目に映り、吐く息が白い。立派な本殿の屋根に積もった雪が湖北の寒さを感じさせる。

 多賀大社は何度か倒壊や火災により建て替えられ、昭和7年に再建された現在の建物を平成14年より30数年ぶりに本殿や殿舎の屋根の葺き替えを中心とした「平成の大造営」に取り掛かっており、現在も工事中の建物がある。まずは、第1期事業として御祈祷控殿及び神符授与所改築工事が平成15年12月6日に完成したとのこと。

 御祈祷してもらおうと、祈祷料を支払い、通された控え室を見て驚いた。案内された御祈祷控殿は鉄筋コンクリート造りで、フローリングの広い玄関ホールや和室2部屋、室内フロアには全面床暖房を備えられている。和室の床暖房なんて初めてだ。和室に座っていると、外の冷たい風にあたって冷え切った体がやがてポカポカになり、外に出るのが億劫になってしまう。

 やがて、祈祷の呼び出し放送があり、巫女に案内された祈祷の場所は、本殿の中だが、屋根だけある吹きさらし。畳に正座し、数組集まっての祈祷が始まった。再び、外の風に触れ、神聖な場で身が引き締まり御祈祷を受ける。今年、1年、幸あれと願って。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

上高地のお昼ご飯

20060106
 2006年の年賀状に採用した写真の数々。葉書のスペースに入った写真をひとつずつ紹介してきましたが、今回が最終回。

 河童橋からおよそ1時間の明神館には多くのハイカーが訪れ、思い思いにベンチに腰掛け談笑している。明神館より、明神橋で梓川を跨いで対岸に出ると、嘉門次小屋や明神池があるので、明神まで足を延ばす観光客が多いようだ。

 賑わいのある明神館前の広場の片隅に空いているペンチを見つけ、座って昼食タイム。

 ラーメンとおにぎりで昼食を済ませ、この先、明神橋より梓川対岸を歩き河童橋まで引き返すか、もうちょっと先の徳沢まで行くか、午後からの行動作戦タイム。最近は2ヶ月に一度のペースで奈良の大峰山系を登り続けているためか、以前はすぐに音を上げていた嫁のばりこが、もっと先に行くと言い出した。1時間近く歩いたものの、平坦な道だったためか、まだまだ体力的には余裕があるようなので、この先の徳沢を目指すことにした。

 定例的に活動している“ばりこ山岳会”の山登りのおかげで、知らず知らずのうちに体力がついているのだろうか。継続は力なりである。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

徳沢ロッヂの静かな威嚇

20060105
 上高地バスターミナルから梓川左岸をトレッキング。

 河童橋から明神を経て、徳沢へ。明神から先は、訪れるハイカーがめっきり少なくなり、出会うのは登山客ばかり。すれ違いざまに挨拶を交わしながら、奥上高地の静かな樹林や梓川河畔のトレッキングを楽しみます。

 明神分岐からおよそ50分で徳沢に到着。徳沢ロッヂでザックを下ろし、トレッキングスタート地点の上高地バスターミナルで買い込んだりんごジュースを飲み干す。河童橋や明神の喧騒から一変、ゆっくりとした時間が流れるようで、ホッとします。

 しばし休憩して、今度は、梓川右岸を明神目指して出発。ザックを背負い、梓川方向へ歩き出した瞬間、今まで気付かなかったのだが、徳沢ロッヂの壁面に、“生ビール有りますから…” ?? どこか遠慮深く、かつ静かなアピールが嫁のばりこの心を揺さぶったようです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

美女と妖怪列車

20060104
 今年の年賀状に採用した写真の数々。葉書のスペースに入れたのでひとつひとつの写真が小さくなってしまいました。そこで、年賀状に使用されている写真をひとつずつ紹介しています。今回は、題して「美女?と妖怪列車」。

 米子駅0(霊)番のりば。ここは妖怪ワールドへの玄関口。米子と妖怪漫画「ゲゲゲの鬼太郎」に代表される漫画家、水木しげる氏の故郷、境港を結ぶ境線には、鬼太郎列車が妖怪の世界への出発を待っています。

 やがて発車時間となり妖怪の世界への水先案内人、一両の鬼太郎列車がエンジン音を響かせながらホームを離れていきました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

美女?とタヌキ!

20060103
 今年の年賀状に採用した写真の数々。葉書のスペースに入れたのでひとつひとつの写真が小さくなってしまいました。そこで、年賀状に使用されている写真をひとつずつ紹介しています。


 タヌキと気持ちよさそうに足湯を楽しむ嫁のばりこ。狸の焼き物といえば滋賀県の信楽焼き。初夏の6月、梅雨の合い間の照りつける眩しい太陽の光を浴びながら、どこを見てもタヌキ、タヌキ、タヌキの信楽の町の国道沿いで見つけた「足楽の湯」の看板。

 「足楽の湯」は、大きなタヌキが目印の「狸屋分福」というお店の中にある「信楽たぬき温泉」の“足湯”です。お湯の泉質はナトリウム-炭酸水素塩、塩化物冷鉱泉で、足を浸けているとヌルヌルしてきます。

 6月の蒸し熱い日差しを浴びた後、足だけ浸けていても全身が温かくなり、すっきりした気分になります。ちょっと失礼して、湯口から注ぐ湯でタオルを濡らし、体を拭いて…。いい気持ちになってからだの力が抜けていくよう。

 あっ!誰ですか?タヌキが2体並んで足湯に入っているって?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

山岳会隊長の絶品アマゴ焼き!

20060102
 今年の年賀状に採用した写真の数々。葉書のスペースに入れたのでひとつひとつの写真が小さくなってしまいました。そこで、年賀状に使用されている写真をひとつずつ紹介していくことにします。


 有志の会、「ばりこ山岳会」。最初はミーティングと称し、夜のネオン街でビール片手に机上プランが多かったが、春から奈良県や三重県を中心に定期的に活動し始め、回を重ねるごとにメンバーも増え、名前負けしない本格的な山登りへと発展してきた。

 今回、目指したのは、夏真っ盛りの7月下旬、標高1,420mの桧塚奥峰。県境の山を除くと、三重県の最高峰の山である。1泊2日の計画で桧塚奥峰登頂後、麓の渓流沿いに自分たちで建てたログハウスを所有する山遊び仲間、渓楽兄貴と共にそのログハウスでの宴会を山岳会隊長の徹竿氏が計画してくれた。

 桧塚奥峰には、早朝より登山を始めたので、昼過ぎには下山することができた。今晩の宴会場所となる渓楽兄貴のログハウスに到着した面々は、疲れた様子を見せながらも夜の宴会準備に取り掛かる。テントの設営、風呂焚き用の蒔割り、焼肉用のコンロ設営、皆で持ち寄った食材の準備などなど、参加者全員が各自の役割分担を決め、テキパキと仕事をこなす。徹竿隊長は、この日のためにアマゴを用意してくれた。隊長は、一日で何十匹もアマゴを釣り上げる名人である。

 薪を組んで、火をおこし、焚き火の準備ができたら串刺しにしたアマゴを焚き火の周りに立てかけてジワジワと水分がなくなるのを待つ。アマゴのピカピカ光ったきれいな体の表面から水分が抜けサラサラになったところで、串を抜き、網の上に放射状に規則正しく並べ、焼きを入れる。

 焼き過ぎないように火から遠ざけたり近づけたりを繰り返し、目が離せない。やがて、きれいな飴色に変化し程よく焦げの入ったアマゴ焼きの出来上がり。隊長からの食べても良いというお許しを得たので、焼きたてをフーフーしながら一匹かぶりつくと、ふっくらとして柔らかく、外はパリッと香ばしく中はふっくらとして淡白でくせがない味。白身のホクホク感がたまらない。真夜中の山中で焚き火を囲んでの宴会、焼きたてのアマゴ。贅沢な最高の一夜を過ごした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

今年もよろしく~

20060101
 さあ、2006年の幕開けです。2年目に突入の「旅したい!野遊び隊!!」を今年もよろしくお願いします!

 今年も、めーいっぱい旅して、楽しもう!

 恒例(といっても2回目だけど)、我が家の年賀状大公開!

1.山岳会隊長の絶品アマゴ焼き!
2.山岳会ようやく始動!桧塚奥峰へ オフシーズンは山へ、オンシーズンは宴会!なんちゃって
3.「雷鳥を撮るなるきち」を撮る
4.白骨温泉なんだな~♪
5.すわっオレンジレンジ…?見間違えたがな~
6.美女とタヌキ
7.美女と妖怪列車
8.徳沢ロッヂの静かな威嚇
9.上高地のお昼ご飯
10.鵡川の圧巻シシャモ干し!
11.二風谷のチプサンケの夜~
12.…うまい。川湯温泉駅の一コマ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2005年12月 | トップページ | 2006年2月 »